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誕生日おめでとう~!
と、いうことでかさのさんに捧げるマツイツです。どぞ!
「肝試し?」
「うん、そうなんだ」
いつものように、マツバの家で二人向かい合ってコーヒーを飲む。
マツバは何が嬉しいのか、笑みを絶やす事無く僕を見つめてくるので正直なところ視線が痛いのだが、それに気付かないフリをして話を続けた。
「肝試し…ねえ」
「最近は暑くなってきたし、肝試しするにはちょうどいい季節だしね。これならうちのジムの皆も手伝えるし」
名案だと言って笑うマツバは本当に嬉しそうだ。
マツバの話を聞いてみると、どうやらジョウトのジムリーダー会議で集まった際に「夏と言えば何をするか」なんて話題が出たらしい。(もちろん会議が終わってからの雑談だけれど)
海が近い場所なら問答無用で海になるだろうけれど、生憎とすべての町がそうといえる筈もなく…
代替案として、エンジュシティは肝試しがぴったりだという話に落ち着いた、らしい。
「まあ、確かに…ぴったりだよね」
「イツキくんもそう思うかい?よかった。じゃあ町の皆も喜んでくれるかな」
「…そう、だね」
「あっ、よければイツキくんも手伝ってくれないかな?」
町の皆の為だとか、自分の使命の為だとか。
マツバは決して「自分の為」だけに行動を起こそうとはしない。皆の為だと言って笑うマツバは好きじゃない。
今回の話もまったくその通りで、自分の事はどうでもいいのかと怒鳴りたくなるのをなんとか抑えて返事を返した。
「……まったく…、今回だけだからね」
僕がそう言って頷けば、ありがとう、と言って笑うんだから仕方ないじゃないか。
* * *
結果的に言えば、肝試しは成功した。
エンジュシティの人々は肝試しなんて怖くないだろうと踏んでいたが、子供はそうでもなかったようで僕たちが脅かす度に怯えていた。
何をして脅かしたかといえば僕は「お岩さん」なんて典型的な幽霊の役。マツバはBGMとライトの担当だった。
本当は一人でもよかったのにマツバが手伝うと言って聞かなかったのが原因で、同じく幽霊側を演じる皆さんには申し訳ない事をしたと思う。
けれど実際のところ、一人でなくてよかったとも思ってしまいそれが余計に悔しい。
マツバが隣にいるだけで安心できると言っているようなものなので、本人には言うつもりもないけれど。
「大成功だったね」
「まあまあじゃないの」
「はは、厳しいなあ」
どうせなら本格的に、と歩きにくい下駄まで履いてしまった僕はふらふらとした足取りで歩いていく。
僕の言葉に苦笑いを浮かべたマツバは、その様子に気付いて当たり前のように手を繋いできた。
汗をかいて冷えた体には繋いだ手から感じられる温かさが心地好くて、文句を言う気持ちはどこかへ消えていく。
そのまま無言で歩いていると、マツバが話しかけてきた。
「イツキくんは楽しかったかい?」
「は?なんで僕なの」
「何故って…参加した皆が楽しんでくれたかどうかの確認の第一歩、かな」
おかしいかな、と言って笑うマツバはいつも通りだ。
いつも通りだから余計にこちらが苛つくんだ。
だからつい、口が滑った。
「皆の為、じゃなくて自分の為に行動しなよ」
「え?」
「いつもいつも、マツバはそればっかりだって言ってる。自分を第一に考えろ、馬鹿」
「馬鹿って…手厳しいなあ」
こんな暗がりでも、マツバが眉をハの字に下げて困った表情をしているのが分かる。
そこでふと、皆の為だなんて事を考える暇を与えないよう、もっと困らせてやろうと思い付いた行動に出る。
繋いだ手を引けば辺りが見えない事もあってかマツバは簡単にバランスを崩す。
そのおかげで近付いた相手に不意打ちで掠めるようなキスをすれば、驚いたマツバの目が丸くなる。そうして、そのままバランスを崩したマツバに押し倒される形で倒れ込んだ。
「ったた…何してるんだよ、マツバ…」
「いや、今のはさすがにイツキくんが悪いと思うよ…?」
地面が柔らかい土でよかった。倒れ込んだ衝撃で背中が痛いくらいで大した被害もなかったので、起き上がりながら普段通りにマツバに悪態を吐く。
対するマツバはやっぱり困った表情で、これくらいじゃ変わらないかと溜め息を吐こうとした瞬間…視界が暗くなった。
それと同時に唇を塞がれ、驚いて目の前にいる男を突き飛ばそうとしたもののそれは叶わなかった。いつのまにか片手でこちらの後頭部を抑えられていて、逃げる事も出来ずに僕はされるがまま何度もキスをされた。
「…っば、馬鹿じゃないの、」
「馬鹿って…ひどいな、イツキくんの言う通りにしたのに」
「は?」
解放された途端に文句を言えば、けろりとした顔でそんな事を言われてしまった。
何の事だと眉根を寄せると、マツバはくすりと笑ってから、
「自分の為に行動したつもり…なんだけどな」
そう言って、再び唇に触れたのは紛れもなく目の前にいるマツバの唇で、本日何度目かのキスに頭がくらくらした。
「僕は謝らないからね」
「はは…」
その後、僕らが帰ってこないからと探しに来た人々の足音に驚いてマツバを突き飛ばし、たんこぶをこさえてしまったのは僕のせいじゃない…筈だ。
前を歩く人々から少し離れた位置をのんびりと歩きつつ、隣を歩く恋人を見やる。
マツバの行動を拒否せずに受け入れたのは、彼が自分の為に行動した結果を否定したくなかったからで…
「でも…まあ、悪くはなかったかな」
「キスが?」
「違う!マツバが自分の為に行動したのは悪くないって言ってるんだよ!」
僕は真っ正面から嬉しかった、なんて言えるような素直な人間ではないのでそれとなく言葉を濁す。
けれどマツバはそれすらもお見通しなんだろう。満足げに笑ってから、再び手を繋いできた。
何も言う気になれなくて、僕は聞こえるように大袈裟なくらいの溜め息を吐く。
それが余計にマツバを喜ばせるなんて事はよく知ってる。けど、
(自分の為に行動してるんだから…まあ、いいか)
こっちまで馬鹿になってどうするんだ、なんて思いながら僕はマツバの手を握り返したのだった。