* * * * *
「な、なんだよ、これ…!?」
朝、着替えて顔を洗おうと洗面所へ向かってまず目に入ったのは、頭に猫耳の生えた自分の姿だった。
恐る恐る耳に触れると、本物の猫耳のような触り心地。
ずっと触っていたくなったけれど、今はそれどころじゃない。
みんなは大丈夫なのか確かめるべく、手早く顔を洗ってから部屋を飛び出しレストランへと向かった。
「全員、か…」
「うん、そうみたいだね」
原因不明ではあるが、全員猫耳が生えてしまったらしい。耳だけで尻尾がないのが幸い…と言っていいのかは微妙なところだ。
呆れた声で呟くと、七海は普段と変わらないのんびりとした口調で返してきた。
それがあまりにも普段通りで、これが夢なのか現実なのかが分からなくなる。
「いやいやいや、のんびりしてる場合じゃねーだろ!女子は可愛いしいいけどよォ…ヤローは似合わなさすぎなんだよ!ほらあれ見ろ弐大とかヤベーよ!」
間に入ってきた左右田(猫耳が付いているせいでニット帽が被れなかったようで、普段と雰囲気が違う)は一気に捲し立て、ぜえはあと荒く息を吐いた。
視線をその後ろへ向けると、成る程確かに男子の猫耳というのは…正直、似合わない。俺も同じように思われている事だろう、とつい溜め息が出る。
「安心せぇ、日向はよく似合っとるぞ!!」
「いや、嬉しくないからそういうフォローはいらないぞ、弐大…」
「いーじゃんおにぃ、私とお揃いなんて見に余る光栄、って喜ぶトコだよ??」
「そーっすよ!!唯吹ともオソロっすよ創ちゃん!!」
弐大も西園寺も澪田もみんな、自分の猫耳姿をなんとも思わないのだろう。七海程ではないにしろ、のんびりとした様子で全員の姿を眺めている。
まわりで慌てている奴といえば左右田と九頭龍、小泉くらいだった。
「んでオレがこんな…クソ、責任者出てこいやぁ!!」
「猫耳って、何の罰ゲームかっての…ねえ日向、原因っていったらさあ…」
「まあ、ウサミだろうな」
俺の言葉に、だよねぇ、と自身の猫耳をいじりながら頷く小泉。
ここに来た切欠もウサミだし、不思議なことが起きたらそれはイコールでウサミが関わっている、というのが俺達全員で共通している答えだ。
今回も恐らくそうだろう。昨日の夕食になにか混ぜたとか。
その疑問をぶつけようにも、犯人がいないのでは話にならない。
いつもは話題にすればすぐ現れる癖に出てこないのだから仕方ない。
「とりあえず…ウサミを探すか」
「え~!?」
提案して全員の顔を見回すと、微妙な顔をされた。
やる気に満ちている奴もいるけれど、半数近くが乗り気ではなさそうだ。可愛らしい耳を動かす西園寺がその代表格だった。
「西園寺はこのままでもいいのか?」
「いいっていうか、どーせあのぬいぐるみのやったことならそのうち戻るでしょ?なのに焦って探したって時間の無駄だよぉ?せっかくのお休みにそんなことしたくないしー」
「…えーと、他のみんなもか?」
言いながら再度見回すと、何人かが頷いた。しかしそれに対して、否定的な声が響き渡る。
「オレは探すぜ!耳のせいで帽子も被れねーし」
「成程、それで普段と雰囲気が違ったというわけですね!」
「えっソニアさん、もしかしてオレのこ「それより田中さん、一緒にお写真を如何です?せっかくお揃いなのですし」
「……よかろう、この俺様が魔獣へと堕ちてしまった姿、しっかりと収め、とくと拝むがいい!!
「あはは、左右田クン御愁傷様!」
「うっせぇぞ狛枝!!!」
落ち込んでいるのはともかく、左右田は最初の姿勢を貫いているようだ。
他には、と見ると小泉や九頭龍と一緒に、どこかそわそわと落ち着かない様子の辺古山も手を挙げた。
「…私も探そう」
「ああ、ありがとう辺古山。…でも、何か気になることでもあるのか?」
「い、いや…その」
「どうした?」
こちらを見つめる辺古山の視線は、けれど俺と合うことはなく…少し上を見つめている。上…頭の上?
頭の上にあるものといえば、今話題になっているものしかない。
「猫耳が気になるのか?でも全員ついてるし…」
「!!い、いや違う!日向が喋る度に可愛らしく動く耳が気になる訳ではない、決して!」
「そ、そうか」
辺古山の声に合わせて彼女の猫耳がぴんとなる。
緊張しているのか怒っているのか微妙なところだったので、気になるんだな、とは言わないでおく。言ったら斬られそうだ。
辺古山の視線は気にしないようにして、再度全員に呼びかけてみることにした。
「他にはいないか?」
「ボクも手伝うよ、日向クン」
「わっ、私もお手伝いしますぅ…!」
へらへらと笑っている狛枝の頭にも、もちろん耳が付いている。やっぱり男の頭に付いていても可愛いとは思えない。
対する罪木はというと、震える体に合わせて力なくへたれた黒い耳がふるふると震えていた。
返答のないメンバーはというと、普段と変わらず飯を食う終里、女子を観察してにやついている花村と…うんざりした様子の十神がいるが、どうやら彼らも動く気はないようだった。
(でもまあ、7人もいればなんとかなるか)
ともかく、探索仲間がいることに安心する。
島はかなりの広さがあるし、ひとりで探すとなると厳しい。
ウサミがどこにいるか予想もつかないのでしらみ潰しに探すしかないと告げると、仲間たちは確かに、と頷く。
「何はともあれ、探しに行くか」
「だな。おい左右田、テメー落ち込んでねーで行くぞ!」
「わぁってるよ!!くっそ…田中のヤロー…」
「早く行くぞ。西園寺じゃないけど、せっかくの休みが探索で終わるのも嫌だろ」
ぶつぶつと文句を言っている左右田の手を引くと、驚いた表情の左右田と目が合う。
突然だし嫌だったかと手を離そうとしたけれど、いつの間にかしっかりと握り返されていてそれは叶わなかった。
(まあ、いいか)
そうして手を繋いだまま、俺達はレストランを後にしたのだった。
* * *
手分けして探そうということでみんなと別れ、ウサミの家がある4番目の島へとやってきた。
その間も、何故か手を繋いだまま。
二手に別れた方が効率的なのは分かっているのに、俺は左右田の手を離せないでいた。何故って、名残惜しいからだ。
男同士で手を繋ぐなんて普通は有り得ないが、俺達はその有り得ない状態というか…恋人同士というやつなので、まあ、手を繋ぐくらい許してもらおう。周りに人もいないし。
左右田も離そうとしないので、恐らく俺と同意見なんだろうと予想を立てる。
けれど、ずっと無言のままもつらいので、何か話題はないかと考えを巡らせ…すぐに思い付いた。
「そういえばさ、やっぱり左右田ってソニア好きだよな」
「なッ、なんだよいきなり!?」
「さっきのやり取り見たら誰だってそう思うだろ…」
こちらの指摘に、左右田の頭から生えている猫耳が先程の辺古山のようにぴんと立つ。
やっぱり、緊張しているのか怒っているのかが微妙なところだ。猫耳なんて観察したことがない俺には判別が難しい。
「ソニアさんはなァ、好きっつーか…憧れっつーか…前は確かに好きだったけどよぉ、今はオメーがいるし…つーか、金髪美人ってそれだけで見るだろフツー!」
「はいはい」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる左右田の耳は相変わらずぴんと立ったままだ。興奮してるときもこうなのかな、と猫耳にばかり目がいってしまう。
そんな俺の様子に、左右田は繋いでいた手をぐいと引っ張ってきた。バランスが崩れて思わず足を止めてしまう。すると左右田は俺の向かいに立って睨み付けてきた。
「おい日向!話聞けよ!」
「だから、左右田がソニア好きなのは知ってるから気にしてないって」
「オレが気にするんだっつーの!くそ、そういうこと言うヤツには…」
ぱっと手を離されて、つい目が手元へと移る。
そこで目の端に左右田が素早く動くのが見えた。何を、と思ったら頭を捕まれ…いや、違う、これは。
「左右田、何を、っ!?」
「猫耳触ってやる!おら、どーだ!くすぐってーだろ!」
「確かに…って、いや、やめろよ!」
腕を伸ばし、俺の頭に生えている耳を捕まれた。引っ張られるような形になったせいで下を向かざるを得なくなり、相手の表情も見えない。
くすぐるように動く指が触れるたび、むず痒い感覚ような不思議な感覚に襲われる。
なんとか逃れようと頭を振ろうにも触られるたびにびくりと震えてしまい、それも叶わなかった。
「どーだ、日向。聞く気になったか?」
「だから、やめ…っ、や、あ、っ」
「…!」
ぞくりとする感覚に襲われ、思わず変な声が出た。
慌てて両手で口を塞いだが、そこで左右田の手が離れていったのでほっと息をつく。
しかしその後も何も言ってこないのでどうしたのかと顔をあげると、そこには何故か頬を赤らめた左右田がいた。
「…左右田?」
「!!な、な、なんだよ!」
「何って…お前こそ何だよ、どうしたんだよ?」
耳をくすぐっていただけなのに、と質問を続けようとしたところで、左右田が勢いよく背を向けた。
「な、なんでもねーし!オ、オレ、先行くからな!」
「あっ、おい!?」
言い終える前に、左右田は普段見せない素早さで走り去っていく。
目的地は同じなのに、どうして先に行く必要があるのか。理由がまったく分からずにその様子を眺めてしまったけれど、すぐ我に返る。
「待てよ、左右田!」
慌てて俺も走り出し、左右田の後を追いかけた。
ウサミ探しも大事だが、今はそれより目の前のあいつだ。
(なんなんだよ、一体!)
疑問と文句をぶつけるべく、速度を上げて走り続ける。
その結果、答えを聞いて今度は俺が真っ赤になったのだが、それもまあ…この耳のせいだということにしておこう。一応。
* * * * *
ウサミ先生ならみんなに猫耳生やすの楽勝だよね!ということでひとつ…。
とにかく大勢出したかったんですけど結局前半のみっていう。
左右田くんはいつも通りへたれです。