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幻水5、シグレ主 7話目。
サギリと王子の話 前半です。


* * * * * 

「あ、サギリさん」

ふと見慣れた後ろ姿を見て、つい声をかけてしまった。
すると足を止め、サギリさんは僕に微笑みかけてくれる。…それが作り物だなんて思えないくらい、綺麗に。

「…王子様」
「どうしたんですか?調査ですか?」

何にせよ、こんなところで会えるとは思ってもいなかった僕は嬉しくて笑顔で話しかける。
サギリさんは僕の質問に対して、持っていた袋を目の前に差し出してくれた。
少しだけ中身が見えて、どうやら種らしい、という事が分かる。…って、種?

「違うわ。これ、渡してこようかと思って…」
「…種、ですか?」

思わずサギリさんと種を見比べてしまった。何だか、不思議な組み合わせだ。

「えぇ。畑に植える種を探していたのを見かけたから」
「へぇ…僕も一緒にいいですか?」

サギリさんの話を聞いて、僕はつい提案してしまった。無理だろうか、という考えも浮かんだけれどもう遅い。
案の定、サギリさんは微笑んだまま、首を傾げて。

「…私と?」
「はい。僕もゲッシュさんから野菜受け取ってこようと思っていたんです。ですから、一緒にどうかなって…」

サギリさんの表情が読めなくて少しだけ不安になり、語尾が弱くなっていく。
けれどそんな僕の言葉に、サギリさんはこくりと頷いて。

「…王子様が、嫌でなければ」
「嫌な訳ないですよ!じゃあ、行きましょう」
「分かったわ」

そう、サギリさんは嫌な顔ひとつせず了承してくれた。
僕は嬉しくて、笑顔で畑へと向かって歩き出す。
サギリさんはいつものように微笑んだまま、僕の隣を歩いてくれる。それが何だか嬉しかった。





「大量に貰っちゃいましたね」
「…そうね」

籠いっぱいの野菜を持って、僕とサギリさんはレストランへと向かっていた。
サギリさんの持っていた種はゲッシュさんが責任を持って育てるとの事で、そのお礼にと言わんばかりに大量の野菜を貰ってしまったのだ。
結構な量を貰ったせいか、少しだけ腕が痛い。そのせいか、会話が途切れてしまって僕はどうにかして会話を切り出そうと考える。
そんな時、ゲッシュさんが丹精込めて作り上げた美味しそうな野菜を見て、ある事を思いついた。


「そうだ!一個貰いませんか?」
「えっ」

僕の提案に、サギリさんは再び微笑んで僕を見つめる。その表情が、どこか驚いたように見えたのは気のせいだろうか?

「ゲッシュさんもぜひ、って言ってたじゃないですか。ほら、このトマトなんて赤くて本当に美味しそうですし…」
「あ…」

籠を下ろして、真っ赤なトマトを手に取った。そして、お腹が減っていた事もあって勢いのままトマトにかじりつく。
すると広がるのはトマトならではの甘酸っぱさ。やっぱりゲッシュさんの作る野菜は美味しいなぁ、と頭の片隅で思った。

「うん、やっぱり美味しい!あのっ、サギリさんも良ければどうぞ」
「…いいの?」
「遠慮はいらない、ってゲッシュさんも言ってたじゃないですか。はい、どうぞ」

数あるトマトの中から一番綺麗な(そして美味しそうな)ものを手にとって、サギリさんに手渡す。
するとサギリさんは戸惑いながらも受け取ってくれた。そうして、僕とトマトを見比べてから、ゆっくりとトマトを口へと運ぶ。

「じゃあ…戴きます。・・・・・・あ」
「ど、どうですか?」

サギリさんの反応が気になって、僕は緊張しながらも言葉を促す。
するとサギリさんは、嬉しそうに微笑んでくれて…

「…美味しい。本当に、美味しいわ」

聞いたこっちが嬉しくなるような感想を述べてくれたのだ、けれど…それより今、気になったのは。

(い、いま…笑ってくれた、よね?)

そう思って、思わず息を呑んだ。
何度も何度も目を瞬かせて、サギリさんの表情を見つめ続ける。するとサギリさんは不思議そうに首を傾げた。

「王子様?」
「あっ、あの、サギリさん、今…笑ってくれましたよね?」
「えっ…」

サギリさんの言葉にようやく我に返って、僕は慌てて弁解する。
すると、今度はサギリさんが驚く番だった。動きが止まり、ぺたぺたと自分の顔を触るサギリさん。
それが何だか可愛らしくて、慌てるのも忘れ思わず笑ってしまった。そのおかげで緊張もほぐれる。

「あのですね、サギリさんっていつも笑顔ですけど、今の表情は違いました。本当に嬉しそうだったから…ってあれ、えっと…もしかして、違いました?」

言いながら、もし間違っていたらどうしようかという不安が過ぎって、語尾がどんどん弱くなる。
でも、サギリさんは怒った様子もなく、ゆっくりと首を振る。

「ううん、そうじゃないけど…」
「そうですか、なら良かったです。やっぱり、美味しいものを食べるとついつい笑顔になるものですよね!」
「……そう、ね」

返ってきた返答に嬉しくなって、僕は笑顔でサギリさんに笑いかける。
サギリさんは少し驚いた表情だったけれど(この表情も初めて見れた!)、そんな事は気にしていられなかった。

ようやく、ようやくサギリさんの変化のない、と言われていた表情の違いを知る事が出来て、本当に嬉しかったから。
重い荷物を抱えながらも、僕は軽い足取りでレストランへと向かったのだった。


* * * * * * * * * * 

サギリが王子に心を開く…といいますか、家族である探偵事務所の人間以外で
はじめて表情の違いを読み取ってくれたのが王子だと良いなーと思ったのです。

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