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幻水5、シグレ主 11話目。
王子が自覚するのももうすぐ・・・かなあ。


* * * * *


(帰ってこないなぁ…)


「王子様、ごめんなさいねぇ」
「…あっ、いえ!」

ぼんやりと窓の外を眺めていたせいか、フヨウさんの言葉に反応するのが遅れてしまう。
僕は慌てて首を振って、フヨウさんに笑いかけた。

「皆さんお仕事で忙しいんですから、仕方ないですよ」
「それはそうなんですけどねぇ…もうっ、みんな早く帰ってこないかしら!」


皆の帰りを待ちわびているフヨウさんの姿を見ていると、何だか嬉しくなってしまう。
ここにいる人たちは血が繋がっていなくてもれっきとした家族なんだなぁ、と素直に思えるから。

出してもらったお茶を飲みながら、珍しく静かな事務所を見回す。
フヨウさんと僕の二人しかいないと、この部屋はとても広く感じてしまう。
普段ならオボロさんにシグレさん、サギリさん…皆がいて。嬉しそうに、家族のように、僕の相手をしてくれるんだ。

(皆がいないだけで、こんなに寂しいなんて…)

ふと、そう思った途端シグレさんに会いたくなった。
オボロさんでもサギリさんでもなく、シグレさんの顔が真っ先に浮かんだのだ。
普段からよくお世話になっているからだろうか?それとも、これからも一緒にいてくれると約束してくれたから?
色々と考えてはみたけれど、どこかしっくりとこない。

(…なんていうか、心配、なのかな)
(それもあるけど、何か…別のものがまじってる)

もやもやとした『何か』が胸の辺りを渦巻いている。
これが何なのか、僕には分からなかった。ただ、シグレさんに会いたい。そう思っただけなのに。
どうにか消えないものかとお茶を流し込んでもそれは消える事はなく。
仕方ない、と思った僕はフヨウさんお勧めのお茶菓子に手を伸ばした。
フヨウさんは僕がこのお茶菓子を気に入っている事を分かっているのか(多分、知ってるんだろうな。だって毎回食べているもの)
嬉しそうに僕の様子を眺め、にこにこと笑ったまま話し始める。

「王子様のおかげでね、シグレちゃんもサギリちゃんも毎日楽しそうなのよ」
「えっ、そうなんですか?」
「うふふ、そうなのよ!特にシグレちゃんなんてねぇ…」
「あー、だりぃ…って、あ?」

と、そこでフヨウさんの言葉は途切れてしまった。
タイミングが良いのか悪いのか、今まで話題に上がっていた人物、シグレさんが戻ってきたからだ。
煙草を吹かしながら戻ってきたシグレさんは、僕の姿を見て驚いているようだった。
僕は咄嗟に言葉が思いつかなくて、

「お、おかえりなさい!」

…なんて、ありきたりな言葉しか言うことができなかった。

「あ、あぁ…タダイマ」
「シグレちゃん、おかえりなさい!ふふ、嬉しそうねぇ」
「っな、誰がだ!」

シグレさんの姿を見た途端、フヨウさんは立ち上がって笑顔で出迎えに行く。
僕はといえば、こんな時どうしたら良いのか分からなくて(そういえば、家族を出迎える、という行為をした事がない!)
ソファに座ったまま、手にはお茶菓子を持ったまま、ぎこちない笑みを浮かべる事しかできなかった。

「あー、だりぃ」

フヨウさんの歓迎を面倒だと言わんばかりに避けたシグレさんは、僕の隣に腰を下ろす。
そこでようやくシグレさんが帰って来た、と実感できて安心する。先刻まで胸につかえていた何かは、いつの間にか消えていた。

(…何だったんだろう?)
「…?どうした?」
「え?あっ、いえ!何でもないですっ」

ぼんやりとしていたせいか、隣にいたシグレさんが僕の顔を覗き込んでくるまで気付かなかった。
間近で見るシグレさんからほんの少しだけ瞳が見え隠れしていて、心臓がどきりと跳ね上がる。
切れ長の瞳からはどこか心配してくれているような、そんな色が見えた気がした。
ぶるぶると頭を振って大丈夫だと意思表示すると、シグレさんはあっさりと離れ、煙草を吹かしはじめる。

「なら、いいけどよ」

ふぅー、とシグレさんが煙草の煙を吐き出すと、綺麗な輪っかが出来上がった。
それをぼんやりと眺めながら、未だに鼓動が五月蝿いままの左胸に手をあてる。

(何なんだろう、これ)


緊張している時と同じような鼓動の早さが気になったけれど、その後も結局、原因は分からないままだった。
何故って…
原因を突き止める前にオボロさんとサギリさんが帰ってきて…安心しきったせいなのか、気付けば緊張は解れていたから。

探偵事務所を出てから、いつかは分かる日が来るのだろうか?と思うと不安にもなったけれど

(シグレさんも当分は一緒にいてくれるって約束したんだし、大丈夫だよ、うん)

そう、以前の約束を思い出して、前向きに考える事にした。
シグレさんがいれば。そう思うと勇気が出てくる自分自身に少しだけ笑ってから、僕は自室へと向かって歩き出した。


* * * * * * * * * *

王子は無自覚ながらもシグレに恋をしています。
って、説明しないと分からない文章って、だめですね…
上手く表現できるよう頑張りたい…

今回書けて嬉しかったのは、ちゃっかり王子の横を陣取るシグレです。
シグレもきっと喜んでいることでしょう。煙も自然と輪っかになってるし!
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