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逃げ場が無いとはこの事か、とはよく言ったものだ。
今、オレの目の前には真剣な表情で迫ってくる遊星がいる。
(どうしてこうなっちまったんだよ!?)
こうやって、今オレが慌てふためく羽目になった原因。
それも、目の前にいる遊星の所為だ。全部全部、こいつの所為だ!
だらだらと脂汗をかきながら、逃げなければと思いながら、現実逃避しようとしたオレはここまでの経緯を思い出した。
発端は、オレがふと考え付いた事だった。
最近、毎日のように徹夜でエンジンを作っている遊星を休ませようと、散歩に誘ったのがすべての始まり。
Dホイールを走らせて辿り着いたのは、デリバリーの途中でもよく見かけた公園だった。
「作業なんて、ここでのんびり休んでからでも遅くないだろ?」
そう笑って言えば、遊星も張り詰めた表情を和らげて微笑み返す。
文句を言われても動かないつもりだったオレとしては一安心だ。
ほっと溜息を吐き、どうせなら昼寝でもするかと辺りを見回したオレは、見覚えのある子供と目が合った。
「…ん?お前…」
「ああー!!クロウ兄ちゃん!それに遊星兄ちゃんもいる!」
大声を上げ、こちらに駆け寄ってくるのはマーサハウスに預けた子供。
もちろんこいつが一人でいるわけもなく、周りで遊んでいた子供達、それに加えて見知らぬ子供達までが一斉にこちらを見、そして当然のように駆け寄ってきた。
オレはもちろん、遊星も周りを子供達に囲まれて身動きが取れなくなる。
「お、おいお前ら」
「兄ちゃん、遊ぼうよ!いいでしょ?」
ね!と全員が笑顔でそう言ってきたのだ、断れる筈もない。
しかし遊星は疲れてるだろうから、と断りを入れようと口を開いたが、隣にいた遊星が
「ああ、もちろんだ」
そう告げたのだから驚きだ。
疲れてるんじゃないのかよ、と言ってやろうかとも思ったが、子供達の笑顔を見ていると言う事は憚られた。
それに……まあ、こいつらの相手をしてれば悩む暇もないだろうし。
だったらオレにとっても好都合。
しょーがねーな、と笑ってから、オレと遊星はこいつらの相手をする事にしたのだった。
「あんのガキども…あの小っせぇ体のどこにこんな体力あんだよ…」
「…確かに、な」
辺りが薄暗くなってきた頃、漸く子守から解放されたオレたちは芝生の上にへたり込んだ。
相手をする事数時間。
体力もなくなり、日が落ちてきたからと言い訳をして子供達を家へと帰した。
「しっかしよー、あいつら遊星の言う事だけは聞くよなー」
「そうか?」
「だってそうだろ、お前が『もう日が暮れた、親御さんが心配するぞ』って言っただけであいつら帰ってったじゃねーか。オレが言ったって聞かねーのに」
もうここにはいない子供達へと文句を言えば、隣にいる遊星は苦笑するだけ。
疲れた表情をしているがそれは体力的なものであり、ここに来る前の表情とは違う事に安堵する。
…ほっとしたら喉が渇いてきた。辺りを見渡すが、どうも自販機も何もないらしい。
仕方が無いので立ち上がると、遊星もオレと同意見だったらしく立ち上がり、辺りをきょろきょろと見渡している。
「クロウ、あっちだ」
「お、じゃあ行くか」
言いながら遊星が指し示した先には、ほんのりと白い光。
早速向かってみれば、自販機の近くにはベンチまである。休むのには丁度いい場所だった。
思わず飲み物を買う前にベンチに座り、そうじゃないだろと立ち上がろうとすれば目の前にカフェオレを差し出され、受け取ってしまった。
差出人はもちろん遊星しかいない。
ぼおっとしたまま眺めていると、遊星は自分の分も買ってから隣に座る。
遊星が持っているのは見慣れたブラックコーヒー。と言う事は、最初からオレの分を買うつもりだったのか。
何だか居心地が悪くて、俯いてから思わず謝罪の言葉を呟いた。
「…悪ィ」
「今日のお礼だ」
「へ?」
その言葉に顔を上げれば、どこか嬉しそうに笑う遊星と目が合った。
礼、と言われても、特に何もしていない筈(むしろこっちが世話になったくらい)なんだが。
首を捻って考えていると、遊星はあっさりと答えをくれる。
「ここに連れてきてくれた礼だ。心配…して、くれたんだろう?すまなかった」
「べっ…別に心配とかじゃねーよ!仲間なんだから当然だろ!」
綺麗な笑顔を浮かべて言われ、オレは焦ったように否定の言葉を口走る。心配したのは本当だが、そんなの言ってたまるか。
けれど遊星はオレの反応を気にする様子もなく、笑みを浮かべたまま。
目を合わせるのも恥ずかしくなったオレは視線を逸らし、受け取ったカフェオレを一気に飲み干した。
「……」
「よっしゃ飲み終わった!さー帰るぞ!」
言いながら立ち上がって隣をチラリと盗み見れば、驚いたように目を瞬かせる遊星がいた。
このまま帰れば大丈夫だ、そう思って歩き出そうとした途端、手を掴まれ後ろへと引っ張られる。
カラン、と持っていた缶が落ちる音がする。倒れる、と目を瞑ったがそんな事はなかった。
何故って、ベンチがあるからだ。引っ張ったのはもちろん…
「っな、何すんだよ遊星!」
思わず怒鳴ってしまったが、隣に座ったままの遊星はオレの手を握ったまま、無言のまま。
オレの態度が気に食わなかったのなら文句のひとつでも言えばいいのに、じっとこちらを見つめるだけだった。
相手が何の反応も示さないとなると、こちらもどうしたらいいものか分からなくなる。
何も言えずに無言で見つめ返すと、再び手を引っ張られて、気付けばオレは遊星の腕の中にいた。
「なっ、何してんだよお前!おい!」
「…クロウが悪い」
「何でだよ!つーか離せよ!」
不満げな声が頭上から降ってくる。しっかりと抱きとめられたオレの体は動かない。腕だけを動かして不満を表しても、遊星が力を緩める事はなかった。
暫く暴れたものの無駄だと分かり、仕方なく、体を預ける事にする。
相手の言い分を聞いてやろうという意思表示が通じたのか、遊星は安心したように溜息を吐いた。
「……礼なんて、いらなかったか?」
「…まあ、気持ちは嬉しいけどな。けど別に、そういうのが欲しくてやってる訳じゃねーよ。オレがやりたかっただけだし」
寂しそうな声で言われ、良心が痛む。
恥ずかしくて逃げたなんて言えるはずも無い。けれど嘘はつきたくなくて、つい本音を漏らす。
すると抱き締められる力が一瞬だけ強くなり何事かと顔を上げれば、そこにはほんのりと頬を赤くする遊星がいた。
「クロウ…」
「え、おい、な、」
何だその顔。何だその恋しちゃってますみたいな表情。
そう言って笑ってしまえばそこまでなのに、つられるようにオレの顔も赤くなっていくのが分かる。
慌てて俯こうとしたがもう遅い。遊星は先程までオレを抱きとめる為に使っていた腕を離し、しっかりと顎に手を添えられた。
(何だこの状況、何だこの状況!?)
男二人が抱き合ってる姿を見られたらもうお終いだ、なんてある意味場違いな事を考えてから、周りへと視線を彷徨わせてみたが人っ子一人いない。
こんな肝心な時に、なんて事だ。誰にも助けを求められない。
目の前にいる遊星は真剣な眼差しでこちらを見つめている。逃げられない。
しかもどんどん近づいて…これは、もしかしなくても。
気付けばオレは、ぎゅっと目を瞑っていた。
この後どうなるのか分かっていても、目を閉じてしまうのは自己防衛の一種だと思う。言い訳じみてるが、そうだと思う。
逃げないオレも、どうかしてる。
嫌だったら突き飛ばして逃げろってんだ。オレだってサテライトで生き延びた男だ、逃げようと思えば出来た筈だ。
けれどそうしないのは、結局のところ、オレは…
(っクソ、遊星のばかやろー!)
心の中でそう叫んで、自分の感情に向き合うべく、相手の気持ちを受け取るべく、オレは逃げずに受け止める事にしたのだった。
その後、疲れなんて何処へやら。
遊星は気合十分に、新作エンジンへの製作へ取り掛かったのである……なんて単純なんだ、こいつ。
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遊星→←クロウ、って感じで。
遊星って何も言わない、もしくはストレートに言う、のどちらかだと思うわけです。
なので今回は言わない代わりに行動する遊星くんで。(笑)